ぽるかの日記

ひとりごとです。

気になると進めない

邦楽ロック好きで音楽の趣味が割と合いそうな同期と某ヤバいなんとか屋さんの話になり、全然聴かない私はやべえと思いつつ「ああ〜最近人気だよね〜」という風にあたかも知ってますよ(ただし好きとは言っていない)というスタンスで立ち向かったのだがそこで「俺全然好きじゃないんだよね」という予想外の一言。めちゃくちゃ歓喜した。

「私もだわ〜しゃっしゃっ!ってやつとかカラオケでめっちゃ聞くからそれだけ分かるわ〜(笑)」「あ〜俺もだわ〜(笑)」ってな感じで互いの“音楽好きだが一般的な音楽好きとは相容れない要素があるせいで迂闊に音楽好きっていう奴と話が出来ない病”の症状を共有。だが問題はその後で「あれってさ、パクリなんでしょ?」と同期。え?パクリ?パクリと言っちゃう?パクリ=悪、だからあいつらダメなやつ、勿論同期が言いたかったことはこういう事ではないと思うが私はとっさにこの方程式が浮かび、この方程式で理論武装することは私の中の拘りが許せなかったので、私はここに同調することが出来ず、かと言って私は某ヤバいなんとか屋さんのことが好きではないのでそれは違うんじゃないかな〜とも言えず、かと言って原曲聴いたことないレベルで詳しくもないのでひょっとしてガチでオマージュとかじゃないレベルのセンスでパクってるのかもしれないという可能性は捨てきれず、と、ここまでのことを実にコンマ2秒くらいでぐるぐると思い巡らせ、私は思考停止した。「ああ〜そうなのかな〜?わかんないや〜(笑)」って感じに返してしまってもう彼らの話はいいやとなってしまった。

私は何か「ん?」と気になることがあるとそこから先に進めない。例えばそれが先輩だったり上司だったり、立場が異なる人だったらそこまで気にならないのだけど、同期とか、所謂「部下」「後輩」としてではなく「素の私」として誰かとコミュニケイトする際にはもう、とにかく気になる。全ての道で自分が納得する理論の上を歩きたいし、歩かなければならない。つくづく自分は面倒臭い人間だと思うが、私は結局のところ自分のその点に誇りを持っていて、どんなにしょうもないことでもあれこれと考え全ての工程に持論ありという自分がめちゃくちゃ好き。だから、そうでない人のことを私は軽視してしまいがちで、大学生みたいな付和雷同的なノリや、高校生みたいな真面目にやるのマジダサい的なスタンスは心底軽蔑している。逆に、私と似た拘り強めの人にはとっても魅力を感じてしまって割と簡単にコロッと好きになる。

誰とでも仲良くなれる人は勿論素晴らしいと思う。でも私は今後もこのスタンスで人付き合いをしていく。たぶん。

そして某なんとか屋さんバンドは、パクリじゃなくてオマージュであって、あれはあれで名曲だと思っている。あれなんだっけ確かLMFAOかなんかの...軽薄なDJに気をつけろ(参:オールナイトニッポンR)で松永さんが紹介してたアレ...。最近また聴き返してるANNR。面白いよね。やっぱりラジオは永遠の友...。で、パクリとオマージュは全然違うものなわけだけど、何が違うの?って言われるとそれはうまく伝えられない。だけど、決定的に違う。多分わからない人には理解出来ないとも思う。それは映画監督を目当てで映画が観られるかどうかとかと似てる感覚かもしれない。で、まあ某バンドはただ私の好みではないというだけの話。あ、あとそれを好きと言ってる音楽好きの人たちが高確率で私の苦手なタイプであるというのが挙げられるということです。私は“音楽好きだが一般的な音楽好きとは相容れない要素があるせいで迂闊に音楽好きっていう奴と話が出来ない病”なので、あしからず。